2010年04月22日 最近のタイについて思うこと

東南アジア言語学科タイ語専攻
専任講師 一宮孝子

 先日の、タイの赤シャツグループと呼ばれる人々のデモ隊と、治安部隊との衝突で、日本人ジャーナリストが取材中、尊い命を落としまた。このことは、タイとかかわりを持つ者として、とても悲しいニュースでした。しかし、日本では、これに関する報道が連日行われ、武力衝突の模様が何度も流されるので、タイでは日々至る所でこのようなことが起こっているという誤解を生んでいるのではないか?と少々心配にもなりました。このこともタイとかかわりを持つ者として、寂しいことだと思い、今回、私が感じたタイのことを、少し書いてみようと思いました。



 まず、タイは、非常に危険なのかと不安に思っている方もあるかと思います。今回のデモ参加者は赤の服を着ているので、外国人も、赤い服、バンダナなどを身につけるのは、やめたほうがよいでしょう。バンコクの百貨店などでは、最近、赤い服があまり売られていないような気がします。さらに、名の知れたブランドなどの赤い服は、他の色の服よりも、セール対象になりやすく、さらに、割引率が高いという印象があります。日本で着るために買うのであれば、お買い得情報なのでしょうか?そのほか、空港を占拠したグループが着ていた黄色も、あれ以来あまり着ている人は減ったように思います。それ以外の色としては、最近、観光業関係者を中心として、今回の騒動により、観光業低迷を危惧する人々は、ピンク色の服を着て騒動の平和的解決を願う集会を行ったことがあります。また、今回のデモを取材する際、タイのマスコミ関係者は緑の服か腕章を付けるという申し合わせがあったようです。これでは、何色を着てよいのか少し悩んでしまいそうですが、ひとつの情報として。つぎに、いつ、どこ?という問題ですが、常設の舞台を設営している所は、現在(4月15日)1か所です。それは、百貨店が立ち並ぶ、ラーチャプラソン交差点です。その他、デモ行進を行う場合、このラーチャプラソン交差点の舞台上で、リーダーが行動計画を前日か、その日の朝に発表することになっています。ですから、地元の人たちはそれをテレビ、ラジオ、インターネットなどで調べて、そのルートは避けて行動するように心がけます。次にも書くように、通常は平和的に活動をしていますが、不測の事態が起こることもあるので、近づかないように心がけるべきだと思います。



ただ、あの衝突をのぞいて、行われたデモ行進は、平和的に行われていると、実際に見て思いました。
 先日、ラーチャプラソン交差点を占拠するに至ったデモ行進を、見かけたので、その様子を少し書きます。

 朝から、大通りに赤い旗を付けた車や、赤い服を着た人が乗ったバイクが同じ方向に走って行っていました。だんだん、その赤の波が道路上でどんどん濃くなっていきます。賑やかにクラクションをならし、沿道には鳴子のようなものを持った人が「ワーイ!」と手を振って応援?しているようすもあります。その後大きなスピーカーを積んだトラックが彼らのテーマソング(?)を大音量で鳴らしながらゆっくりと進んで来ます。テーマソングですが、歌詞の内容は「デ〜〜ン デン デ〜〜ン デデ〜デ デ〜ン スア デ〜ン ♪」というようなものです。「デーン」はタイ語で「赤」という意味で、「スア」は「服」という意味です。ですから、歌詞はほとんど「赤シャツ」という意味です。あと一部「ラオ ラック プラチャーティッパタイ」という歌詞です。これは「我々は民主主義を愛する」という意味です。これが、力強い軽快なリズムで流れています。この曲に合わせて、デモに参加している人たちは、トラックの荷台などで踊っています。曲が終わると、マイクを持った人が、「スア デーン マー レーオ(赤シャツが来ました!)」と言うと、他の人たちが、鳴子のようなものを鳴らしながら、「イェ〜イ!(パタパタパタパタ〜)」、またマイクを持った人が、「スー ルー マイ スー(頑張るか頑張らないか?)」と言うとまた、「スー!(頑張る!)(パタパタパタパタ〜)」。そしてまた、曲が流れると、赤い服を着た人たちは、道路に出て、踊っています。中には、交差点名の標識のところで、記念撮影をしている人もいます。子供にペットボトルの水を渡して、飲ませている人もいます。便乗商売?かわかりませんが、踊りながら、輪の中に天秤棒を担いで、商品を売ろうとする?物売りの人もいます。この赤い踊りの波が、ラーチャプラソンの交差点を埋め尽くしていきました。近くの、百貨店に入るとお手洗いは、赤い服を着た人でいっぱいになっていました。その数時間後、その百貨店は臨時休業となりました。
 と、このような様子です。


衝突の映像にあるような、暴力を手段とするデモ参加者もいると思います。ですが、これはごく一部だと思います。当然のことですが、デモ参加者全員が完全に一致した意図で参加しているわけではありません。タックシン元首相の復権を願う人もいれば、クーデターに反対し、真の民主主義を求めている人もいれば、噂されているように、1日2000バーツ(日本円で6000円弱ですが、現地の物価で考えると2万円程の価値があります。)とも言われる日当目当てに参加しているだけの人もいるのです。参加者の数も、日によって、数千人から数万人と流動的です。



さらに、このデモに参加している人というのは、タイ全国からみると、ほんの一部の人たちの行動にすぎません。そして、今回のこの赤シャツグループの一連の活動が、バンコクの多くの一般の人たちに迷惑をかけ、損害を与えているのも確かです。ラーチャプラソン交差点を占拠していることにより、多くの百貨店は臨時休業しています。これだけで、億単位の損害を与えています。従業員の中には、他の支店に急遽出勤したりしています。近隣の高級ホテルも予約の受付を中止しています。そのホテルで働いている人にとっては、死活問題です。交差点の一角には、警察病院があります。子供が急に体調を崩し、急いで車で病院に行こうとした母親は、迂回して病院に行かなければならなくなり、憤りを感じていたそうです。路線バスは運休している路線もありますし、迂回ルートで運行している路線あります。このような、大多数の人々への不利益を考え、これまで赤シャツグループの人命と、集会の自由と、言論の自由を認めてきた政府も、非常事態宣言を出さざるを得なくなったといわれています。



 タイの世論調査を見ると、赤シャツグループの主張どおりの、即時議会解散は、少数意見です。そして、多くのタイの人たちは、今回の問題を、話し合いにより、平和的に解決して欲しいと望んでいます。タイの人たちが口にしていることは、「私たちは、同じタイ人、同じタイ語を話すのだから、話し合いで解決できる。」ということです。



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